研究者メンバーの発言
人的資源管理2026.08.12
<ジョブ型雇用>に関する備忘録
まだ「ジョブ型雇用」に関して取り上げるマスコミがあり、それも人事制度の改革のモデルとして紹介したいようです。困ったものです。
かなり前に佐藤博樹(2022)「ジョブ型雇用」を巡る議論をどのように理解すべきか─人事管理システム改革への示唆」『日本労働研究雑誌』(通巻第739号)を書きましたが、この議論には依然として誤解が多いようです。論文のリンクは下記です。
この論文の内容を踏まえて、先月もビジネス雑誌の記者の質問に下記のように回答しました。これは私の備忘録(2026.08.01)です。質問は、記者によるのものです。
質問1 「ジョブ型を入れるべきだ」という風潮が高まっている背景
大きな契機の一つは、経団連が『2020年版 経営労働政策特別委員会報告』で、日本型雇用システムを「メンバーシップ型」と捉えてその特徴と課題を整理し、「メンバーシップ型のメリットを活かしながら、適切な形でジョブ型を組み合わせた『自社型』雇用システムを確立する」ことを提起したことです。これを機に「ジョブ型雇用」が人事管理システムの望ましい改革の在り方として一般的に語られるようになりました。
加えてマスコミやネットメディアが、大手企業の最近の人事制度改革を「ジョブ型雇用への転換」として盛んに紹介していることも風潮を後押ししています。さらに、日本の人事管理システムが抱える様々な課題——女性の活躍機会の乏しさ、円滑な転職の難しさ、キャリア自律の阻害、長時間労働など——の解決策としてジョブ型への転換を位置づける、いわば「万能薬としてのジョブ型雇用」という論調があることも背景です。こうした議論の多くは、濱口桂一郎氏が分析概念として提起した「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」の議論に触発されたものと考えられます。
ただし留意すべきは、両概念は本来、現実の人事管理システムを分析するための「理念型」であり、どちらが望ましいという価値判断を含むものではないということです。分析概念が改革のスローガンとして使われている点に、現在の議論の混乱の一因があります。
質問2 メンバーシップ型が時代にそぐわなくなっている理由と、ジョブ型が補うとされる点
メンバーシップ型雇用の核心は、企業が包括的な「人事権」を保有していることにあります。企業は採用だけでなく、採用後の職務や職場への配置、その後の職務変更、事業所間の異動まで決定でき、裏を返せば社員には担当する業務や職場を選択する権利がありません。また、フルタイム勤務で残業や転勤が可能な社員という固定的な社員像を前提としてきました。
この仕組みが、現在では次のような課題を生んでいると議論されています。第一に、会社主導の配置・異動が社員のキャリア自律を阻害すること。第二に、残業や転勤を前提とした無限定な働き方が、女性をはじめ多様な人材の活躍を妨げること。第三に、職務が限定されないことによる長時間労働や、社外への円滑な転職の難しさです。
これに対しジョブ型雇用は、職務と職場を限定・特定して採用し、採用後の職務・職場の変更は社内公募など本人の希望を前提に行われ、賃金も担当職務に基づく職務給となります。そのため、社員が自らキャリアを選択でき、職務範囲が明確なため残業が減り、望まない転勤もなくなり、職務ベースの労働市場が形成されて転職も円滑になる——と「考えられている」わけです。
ただし私自身は、この期待には留保が必要だと考えています。例えば欧米企業で残業や転勤が少ないのは、職務限定という制度のみによるのではなく、従業員自身が生活を重視する価値観を持っていることによる部分が大きい。制度を変えれば働き方が自動的に変わるという理解は単純にすぎます。
質問3 “日本流ジョブ型”の理想のあり方
まず前提として、欧米のホワイトカラーの人事管理も、実は「ジョブ型雇用」の理念型に完全に該当するわけではありません。欧米4カ国(アメリカ、オランダ、ドイツ、フランス)の企業に関するヒアリング調査(私が委員長として参加)では、職務記述書の記載は「一般的・概括的・抽象的」で、職務範囲内であれば上司の指示で柔軟に業務を変更でき、職務等級もブロードバンド化により職務給が「職能給的」に運用され、職務が消滅しても即解雇ではなく解雇回避の努力が求められていました。つまり欧米自体が、固定的なジョブ型を柔軟化する方向に動いているのです。
これを踏まえると、日本の改革の鍵は二つあると考えます。一つは、職務内容を職務記述書などで「一般的・概括的・抽象的」に規定した職務限定正社員制度を導入すること。厳密に職務を固定するのではなく、柔軟性を残した職務限定です。
もう一つが本質的な点で、企業が包括的な人事権を保有して配置・異動を行う「企業主導型キャリア管理」から、社内公募制や企業と従業員の調整・合意に基づいて配置・異動を行う「企業・社員調整型キャリア管理」へ移行できるかどうかです。ジョブ型議論の核心は賃金制度ではなく、人事権の在り方の見直しにあります。
同時に、この移行は社員の側にも新しい課題をもたらします。会社がキャリアを用意してくれなくなる以上、社員自身が将来のキャリアを描き、自己選択することが求められます。実際、社内公募中心の外資系企業に転職した社員からは「常に社内のキャリア情報を収集し、空きポストを探すことに疲れる」という声も少なくありません。企業の制度改革と社員の意識・行動の変化は、セットで考える必要があります。
質問4 ジョブ型がうまくいっている企業・諦めた企業
マスコミ等で「ジョブ型雇用への転換」としてよく取り上げられるのは、従来はKDDI、富士通、日立製作所、三菱ケミカル、日本電産などでした。ただし、実務専門誌(『労政時報』など)に掲載された事例を精査した限りでは、これらの取り組みは理念型としての「ジョブ型雇用」への転換ではなく、経団連の提案にある「ハイブリッド版」、つまり「自社型」雇用システムの確立を目指すものと判断できます。新卒一括採用やジョブローテーションなどの内部育成は維持され、会社主導の人事異動や転勤も引き続き行われており、配置・異動に関する人事権の在り方そのものを見直した事例は少ないのが実態です。
この点について溝上憲文氏は、これらの取り組みの本質は「日本版職務等級制度」であり、真の目的は職能給制度から職務給制度への賃金制度の変革にあると評価しています。「ジョブ型」という呼称には、制度変更に対する社員や外部への印象度を高める効果を狙った面もあるのかもしれません。
「導入を諦めた企業」については、具体的な企業名を挙げられる事例は把握していません。ただ、そもそも各社が導入しているのは純粋なジョブ型ではなく自社型のハイブリッドであるため、「うまくいっている/諦めた」という二分法自体がなじまないというのが私の見方です。評価すべきは、ジョブ型という看板の有無ではなく、配置・異動に関する人事権の在り方をどこまで見直し、社員との調整・合意に基づくキャリア管理へ移行できているかだと考えています。
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